どんぐり商店

くだらないはなし

人事を尽くしてlet it be、ではなかった件

let it be 
あるがままに、と訳される。
ビートルズのとてもとても有名な曲だ。

この曲には、私が5歳の時に亡くなった祖母との思い出がある。正確には、祖母にはこの曲に思い入れはなく私が勝手に思っているだけなのかもしれないけれど。

私は祖母のことが大好きだった。
インコの世話を一緒にしたりカラフルなビーズをつないでネックレスを作ったり。すぐお腹が痛くなる私に、大丈夫だよすぐに良くなるよとずっとお腹をさすってくれた。柔らかく大きな手の平。祖母がお腹をさすってくれると不思議と痛みが和らいだ。
母が厳しかった分、祖母には心から甘えていた。

私が幼稚園年長になった頃、祖母は入院した。
がん。
幼かった私にはその病気の深刻さは分からなかった。

入院して数ヶ月で祖母の一時帰宅があった。
私は浮かれていた。祖母はもう治って退院したんだと。

久しぶりのみんな一緒の食事。祖母はにこにこしていたが、ほとんどの料理を残していた。「おばあちゃん食べないの?」と聞くと、「今はお腹いっぱいだから。これからたくさん食べて元気になるね」祖母は笑っていた。

幼かった私はその言葉をすっかり信じてそして安心した。
ほら、やっぱり。おばあちゃんは良くなって退院したんだ、と。

帰りの駐車場、祖母から何かを手渡された。包みを開けてみると、小さなプラスチックのペンギンのおもちゃが入っていた。ペンギンが持っているウォークマンはボタンになっていて、押すと電子音の曲が流れた。
祖母からもらったことがとにかく嬉しくて、私は帰りの車の中で何度も何度もボタンを押していた。 

その数か月後、祖母は亡くなった。
私の幼稚園の卒園式の1週間前。
私の卒園も、小学校入学も見せてあげられなかった。

ペンギンは引き出しにしまい、母に叱られた時には、ウォークマンを押して耳を澄ませていた。祖母が大丈夫よと言ってくれるように思えて。
 ペンギンの裏側には「レット・イット・ビー」と書かれたシールがあった。どういう意味なんだろう? 母に聞くとビートルズの曲名だと教えてくれた。

そのうちペンギンのおもちゃは電池がなくなり、レット・イット・ビーを歌わなくなってしまった。叱られたときは、ただ黙って時間が経つのを待っていた。

それから数年後、私は中学生になった。
英語の授業が終わったあと、質問があるんですと先生を捕まえた。
「let it be ってどんな意味ですか?」
「"そのままにしておけ"って意味。でも、知りたいのってビートルズの曲のこと?」
逆に質問された。私はプラスチックのペンギンを思い浮かべながら、そうだと答えた。
「じゃあ、自分で訳すといいよ。いい歌詞だから」
先生はそれ以上は教えてくれなかった。

"そのままにしておけ"? 変な歌詞。
ビートルズのlet it beを訳すには、中学生の英語力は低すぎて歌詞の意味が分からないまま、また何年もたった。

そして、私は大人になった。
let it beの歌詞の意味は、インターネットが簡単に教えてくれた。

When I find myself in times of trouble 僕が苦難に陥ったとき
そして、
And in my hour of darkness 心が暗闇に覆われたとき
に、
"Let it be" なるようになるさ

人事を尽くして天命を待つ、という言葉がある。自分ができる事をすべてし尽くしたら、あとは運命を天にまかせる、と言う意味。きっと「let it be」は、「天命を待つ」にあたるのではないだろうか。つまり、人事を尽くして、そのあとはlet it be だと。

 

私は自分の不完全さが許せなくて、力任せにやり尽くさないと気が済まない。自分を追い詰めてると分かっていても、それしかやり方を知らない。でもその後には、天命を待つ が、あることを知っている。let it beは、私にぴったりの曲だと思った。

先日あるきっかけでポールマッカトニーのライブに行くことになった。セットリストにはもちろん、あの名曲が入っていた。

let it be

ポールのライブはとても楽しかった。歌って踊って、ビートルズメンバーという歴史上の人物と同じ時間を過ごしている奇跡に大興奮しながら。

突然ステージの明かりが消えた。
ポールへのスポットライトとスクリーンだけが光る。
そして、ピアノの前奏。
let it beだ。

私は祖母のことを思い出していた。
優しくて私のことを愛してくれた祖母。私の存在を無条件に認めてくれていた祖母。

let it be 
あるがままに。

祖母が言っているのかもしれない。努力し尽くさなくても、擦り切れるほど必死にならなくても、私は、私のあるがままでいいんだよと。

ふと周りを見渡すと、数えきれない無数の光がドームを埋め尽くしていた。観客がスマホの光を手に手にステージに向かって振っていた。信じられない数の星のきらめきが、歌声に合わせて揺れている。

私も小さな光のひとつにすぎないのだけど少なくとも今輝いて音楽に合わせて揺れている。それだけで充分だと思った。

祖母はもうこの世にいない。
ペンギンのおもちゃももうこの世にない。
ポールにだってそうそう会えるものじゃない

でも、let it be という曲はいつまでも私を勇気づけるだろう。今日のポールの歌声とともに。この無数の光のきらめきとともに。

let it be
あるがままに。