どんぐり商店

くだらないはなし

かわいいスマホには旅をさせよ

焼け石に水」が見つからない。
すぐ手を打っておけば良かったのか。今さら座布団の下とか捜してみても、それこそ焼け石に水のようだ。

甥っ子と一緒にことわざかるたで遊んでます。
なくしてしまったのは「や」の絵札。しょうがないから予備の白い札に、湯気が立つ石の絵、そして大きく「や」と書いて、絵札を作った。
さ、気を取り直していきましょう。

「やけいしに、みず」
「ハイ!」「ハイ!」

祖母と甥っ子が2人とも札を取る。
待て待て。正解の札は1枚しかないのよ。どっちか間違ってるでしょ。
でも2人が取ったのは2枚とも「や」でした。いつのまにか本家の「焼け石に水」が帰ってきてる。昨日までいなかったのに! 私の手作り「焼け石に水」は肩身せまい感じになってしまった。

腑に落ちないけど、札が増えたならまぁいいか。今回の「や」は引き分けで。
では続いていきましょう。

「ぬれてで、あわ」
・・・・・・・・・。無い。

おかしい。今度は「濡れ手で粟」が失踪してる。

2枚の焼け石に水、0枚の濡れ手で粟。何かを示唆しているのでしょうか。
考えてみると2倍の焼け石に水ってちょっと酷い。何をやっても全部無駄、完全に手遅れって意味? あああ、そんなの嫌だ。どうせなら逆がよかったな。ダブル濡れ手で粟だったらウハウハなのに。両手に粟くっつきまくり。
次回は棚からぼたもちの札が増えてて欲しいわぁ。

そんなかるた占い(?)で盛り上がった翌日のこと。出社すると電話が鳴っていた。かけてきたのは同じ部署の営業担当バブルさん。令和の時代にバブルを感じるこの男は、いつもなら「どんぐりちゃーん、元気ぃぃ?」とギラギラを撒き散らしてくるのに、今日はなんだか声が弱々しい。聞けばスマホを電車に置き忘れてしまったとのこと。デバイスを探す機能を使ったら、地図の線路上を移動していく自分のスマホが見えたそう。そりゃテンションも下がるわね。

「今日出社予定だったけどやめとく。在宅にするわ」
「それで今どこにいるんですか?」
バブルさんの家の最寄りはA駅。会社のあるB駅で降りる時にスマホを置き忘れたならB駅にいるはず。それともスマホを追いかけて次の電車に乗ってるかしら。

「いまA駅」
え? バブルさん完全にスタート地点じゃん。本人そもそも電車に乗ってないの? スマホの単独行動なの? 

けど私はピンときた。日々ことわざかるたで特訓してますから。
「かわいい子には旅をさせよ」
バブルさんは自分の大事にしてるスマホを、敢えて旅に出したのだ。

A駅での様子が目に浮かぶ。
スマホとひとりの男、2人の間を電車のドアが隔てる。ドアの向こうには心細そうにこちらを見るスマホ。本心を言えば男も不安なのだ。未だかつてスマホをひとりにさせたことなんて無い。でも今は、出発するスマホに心強さを渡してやりたい。男は無理やり笑って親指を立てる。グッドラック。良い旅を。
男は動き出した電車を2,3歩追いかけ、そして立ち止まった。去っていく電車が見えなくなるまで、男はホームに立ち尽くしていた。
こうしてスマホは旅に出た。
きっとこのあと、終点で車掌さんにスマホは忘れ物拾得されるんですけどね。どうか短い旅で終わりますように。

スマホと感動の再会をしたっていう話はまだ聞いてない。ことわざかるたの予備の白い札はまだ何枚かあるので、バブルさんに1枚あげようかしらと思っています。