どんぐり商店

くだらないはなし

愛がこじれた所有欲

好きな対象とずっと一緒にいたい。一緒にいるために努力だって厭わない。そう、その努力が「お金」だったとしても。

ええっと。
呪術廻戦のステッカーを手に入れるために、不必要なお菓子を買っちゃいました。計800円分も。これぞお金の努力。

これまで、漫画にハマってもキャラものには興味がなかった。私が好きなのは世界観やその中で必死に生き抜いている人物であって、”モノ”ではないのよね・・と、格好つけて言ったりもして。

クリスマス直前の冬のある日。仕事前にコーヒーを買いに入ったローソンで心臓がはねあがった。
「夏油様っっ!?」思わず駆け寄る。
呪術廻戦のキャラクターのステッカーが並んでいた。対象の商品を3個買うとステッカー1枚がもらえるらしい。残り枚数を確認する。私の好きな夏油のステッカーが一番減っていた。

自分の好きなキャラクターが人気があるのは嬉しい。けど、これを逃したらもう手に入らないかもしれない。どうしよう、帰りじゃ間に合わないかも。
え?
自分の心の声にびっくりした。いま私買う前提だったよね?キャラもの興味ないとかスカしてたくせに?

気づいたら澄ました顔してチョコ3箱とステッカーを手に、レジに並んでいました。

開き直って言います。
好きな人を手に入れて(語弊!)、家に連れ帰る(語弊!)時の満ち足りた気持ちったら。お金で得られる幸せってあるんですよ。認めてしまえ!

とは言うものの、モノが増えるのは困るし、エネルギーは物語の深掘りに使いたい。これ以上は増やさないことにしよう。私には夏油様、あなただけがいれば幸せなんです、とステッカーに話しかけたりして。

なのに、ですよ。決意早々に友達が煉獄さんの生八つ橋をくれた。外箱がかっこいい。京の雅さと煉獄さんの志の清さって、相性良すぎじゃない?煉獄さんと目が合う度に「心燃やします♡」って頑張れる。この箱は保存決定ー!
あっさり覆ってしまった。

あー、でもさ、うちには夏油様がいるじゃない?煉獄さんを連れ帰ると相性悪そうなんだよね・・。
夏油「呪いの生まれない世界を作るんだ」
煉獄「君は物事を少し難しく考えすぎだな!ハッハッハ!」
夏油「なんだって?外で話すか?(ゴゴゴ・・)」
ああ見えて夏油様は気が短いところあるからねー、うんうん、って妄想して、ハッと我にかえって、顔真っ赤にして友達にお礼を言った。

煉獄さんの生八つ橋はチョコ味で、とっても美味しかったです。外箱は捨てられず、ステッカーの横に置きました。物語の世界観が・・とか言ってるくせに、仕事机の周りが鬼滅と呪術が入り乱れておかしなことになっています。
好きな対象と一緒にいる努力とは、お金だけじゃない、自分の世界観ぶちこわすってことなのかもしれないと思っているこの頃です。

裏返しの心

裏返しって、分かってしまえば簡単なのかも。
180°反転させる、それが答えになるはず。

好きって気持ちの裏返し。
着てるニットが裏返し。

傘だって裏返る。

仕事を終えて帰ろうとしたらすごい風と雨だった。
いつもなら折りたたみ傘をかばんに入れてるのに、今日に限って入ってない。
しょうがなく部屋にあった置きコンビニ傘を出した。

建物から出たところで風が雨をびゅうと吹きつける。
髪がまき上がり、冷たい雨に目が細まる。

隣の男性は傘を持っていないらしい。
戸惑った様子で空を見上げている。
たしかに濡れて帰るには寒すぎる。

私は傘、持ってるもんね。
得意げな気持ちで傘を開いた。ボタンタイプだった。

ぽち。
バッッサァァァッッッ!!!

一瞬で傘は裏返って、骨がぐにゃぐにゃになった。
隣の男性がびっくりして目を丸くしてる。

恥ずかしくて、とにかく早くその場を立ち去りたくって
ひっくり返った傘のまま小走りで門に向かった。
途中、走りながら傘を直そうとしたけどうまくいかない。

で、気づいたんだけど、ひっくり返っても傘は傘なの。
ちゃんと雨をしのいでいる。
180°裏返っても、機能までは裏返らない。
台風中継でくしゃくしゃの傘を後生大事にさしてる人が時々映るけど、
ちょっと気持ちが分かるかもしれない。

そして小走りのまま自分の車までたどり着き、傘をたたもうとして気づいた。
骨がぐちゃぐちゃに絡んでいて、全く元の形に戻る気配がない。

どうしよう。傘をたたんだ時に止めるリボンで縛っておくか。
ぎゅうっと傘を手ですぼめて、リボンをくるっと一周、
あと少しで届きそう・・・

ぶちっっ
リボン、ちぎれました。

車の前で四苦八苦してるあいだにも雨は降り注ぎ、
寒くて寒くて、もう早く家に帰りたい。

んんんんん!
えい!

私は閉じられなくなったくちゃくちゃの傘を
そのまま後部座席に放り込んだ。

運転しながらバックミラーで後部座席を見てみる。
車のなかで傘が広がっている。なんだこの光景は。
で、困った気持ちの裏返しで、笑えてきてしまった。

そっかそっか。大変なことも、凹むことも、一旦裏返して笑ったらいいのかも。
敢えて裏返しでいるのも、きっと悪くない。
なんか人生の真理を垣間見た気がする。

でも家について、車から傘が全然出てこなくて
また、キーー!!怒!ってなりました。
笑いから怒り、すぐに裏返る心の私です。

Oui, Oui!

笑い声って、いいよね。
楽しいって気持ちが体の外に飛び出して、空気を明るく震わす。
その空気を吸った人にも楽しい気持ちが染みていく。

チャットやLINEにもその楽しい空気をまとわせたい。
きっとみんなそうやって「(笑)」とか「ワラ」とか、笑い声を文字に託したのだろう。
そのなかでも「w」って特に便利だと思う。
英字だから日本語の文の中でも際立つ。
笑い声の大きさは文字数で伝えられる。

しかしどうも私はこれがうまく使いこなせなかった。

グループLINEでみんなが笑ってる。
私もみんなと一緒に笑いたい。
いそげ、いそげ。wを2個、そして送信。

「we」

ウィー!?

やだ。打ち間違えちゃった。恥ずかしい。
みんなが「www」「ww」って笑い合ってるなか、ひとりで「ウィー」って言っちゃったよ。笑い声が独特すぎる。

この打ち間違いを何度もやらかし、そのたび赤面して、私は「w」を封印した。
笑う時はちょっと古くさいかもだけど「笑」ってしている。

「笑」がすっかり定着して、友人とLINEをしてるときのこと。
相手がちょっとした誤字をした。
「ドライバーといし行ってたの?」
話の流れから察するに、「ドライバーとして」と言いたかったんだと思う。
私は茶化すつもりで「うん、ドライバーと石と行ってた」と返信を書いた。
そして、やーい!誤字ってる!ププー!って気持ちの表現として、珍しく「ww」を付け加えた。
ふふ。誤字ったことを恥じて身もだえろ!

友人から返事がきた
「うわ、はずかしウィー」
そして煽ってる笑い顔のスタンプ。

え?
自分の送った文を見返した。
「ドライバーと石と行ってたwe」になっていた。
行ってたウィー・・・・

揚げ足とったつもりで、とり返されてる。
恥ずかしいのはこっちだwe!

それにしても何か変だ。私の打ち間違いだけじゃない気がする。
キーボードを出して「w」と入力する。
確実に入力ボックスには「w」と表示されている。
で、送信。

「we」

え?文字が変わっている。
再びキーボード表示、「ww」、送信。

「we」

やっぱり勝手に変わっている…
じゃあ3文字は? 「www」、送信、…

「www」

なんで?
変換されなかった。


「どうした?気でも狂ったか」
友人からの返信だ。
LINEの画面は、ウィーウィー言ったあと急に笑い出す私が表示されていた。

よく見てみると、私のキーボードは予測変換の一覧にある「we」が自動選択されている。選んでないのに!


どうやら私のお節介キーボードは、wが1文字と2文字のときにだけ要らぬ気を利かせるようです。

wが1文字の時
キーボード「次の文字が分からないの?『we』だよ。直しておくね。」

wが2文字の時
キーボード「2文字目まちがえてるわよ?『we』でしょ。直しておくね、感謝しな。」

で、wが3文字の時
キーボード「知ってる、知ってる。『ワールド・ワイド・ウェブ』でしょ。情報処理の試験に出るから覚えときなよ?」

なんなの、お節介キーボードめ。wwwを知ってるからって、そんなドヤ顔しないでよ。
私はキーボード設定を開き、予測変換をオフにした。
これでもうお節介は発動しないはず。

ところが予測変換ないのは不便すぎて、一日もたたないうちに設定を元に戻す羽目になった。キーボードが高笑うのが聞こえた気がする。

もう私の笑い声はウィーでいっか。
ウィーーー。

金の斧、銀の斧、野菜の肉巻き

豚肉のコマ切れ、100g 88円の特売。の、更に1割引。
くしゃっと無造作にトレーに入った肉を
広げて重ねて、平たい形に整える。
硬めにゆでた人参、親戚からもらったオクラ、
細く切ったしょうがを端に置いて、くるくると丸めていく。
野菜の肉巻き。
軽く焼き目がつくくらいに火を通して、醤油と砂糖で甘辛く味付けよう。
タレは煮詰めてちょっと焦げ始めるくらいが美味しい。
家族みんなの好物だ。
たくさん食べたくて、たくさん食べさせたくて、
お値打ちな(しかも特売、しかも値引きの)豚コマでつくっている。

豚コマは、いろんな部位いろんな大きさの端切れの寄せ集め。
同じスーパーでも日によって中身が全然違う。
今日の豚コマは当たりみたい。大きめの肉がたくさん入ってる。

トレーから"1枚"とおぼしきかたまりを取り出す。
と、同時にころんと別のかたまりが転がり、
そのまま、流しへ落ちていった。
流しには水の張った洗いおけがあり、豚コマはその中へぽちゃんとダイブした。

あ、勿体ない。
のぞき込むと、洗いおけからなんと女神様があらわれた、気がしました。

女神様は私の目を見て、静かに問うた。

「お前の落とした肉は、A5ランク国産黒毛和牛か?」
ちょっと想像する。
野菜の"牛肉"巻き。
いやー、肉巻きっていったら豚肉じゃないですか?
豚の脂の甘みと野菜がベストマッチだと思う。
牛肉ねぇ。悪くはないけど、ちょっと臭みが気になりそう。
「いいえ。私が落としたのは、A5ランク国産黒毛和牛ではありません」

「では、お前の落とした肉は、平飼い名古屋コーチンか?」
ちょっと想像する。
野菜の"鶏肉"巻き。
あ、これはアリですね。いいかも。
でも思い出したわ。鶏チャーシュー作るとき面倒だったのよね。
タコ糸で縛って成形しないといけない。
「いいえ。私が落としたのは、平飼い名古屋コーチンではありません」

「私が落としたのは、100g 88円の更に1割引、一応国産の豚コマです」
女神様は微笑んで、そして洗いおけの中に消えていった。

私は待った。
国産黒毛和牛と名古屋コーチンを両手に持って
女神様が再びあらわれることを。
「正直者のあなたには、両方ともあげましょう」と言われることを。

でもいくら待っても女神様はあらわれなかった。
ただ、洗いおけの中に、水を含んで白くふやけた豚肉が沈んでいるだけだった。

ちぇ。
正直にしてたって、別に得なんてない。
せいぜい騙されないように用心深く生きていくしかないんだ。
私はふやけた豚肉を拾い、そして生ゴミ入れに放り込んだ。

でも。
豚コマでつくった野菜の肉巻きは、正直言ってとても美味しかったです。
白いごはんが進むわー。
お腹いっぱいで、しあわせ、しあわせ。
あぁ、私ってば、とてつもない正直者だ。

推理通達

こんなにも広がりと奥行きのある文章ってあるのだろうか。
たった、3行。
たった3行の文字が、私たちをざわつかせる。

会社の通達に懲戒事例が載っていた。

社員Aと社員Bは社内で不適切な行為に及んだ。
A:降格
B:停職5日

 

私たちはこの話題で持ちきりになった。

社内ってどこなんだろう?
Aは役職者、Bは平社員よね?上司と部下かしら?
どうしてバレたんだろう?
”不適切”って具体的に何?(このトピックが一番盛り上がる)

みんなの想像力がすごい。
たった3行からあっという間にストーリーが出来上がってしまった。
以下、みなの英知を集結させた妄想ストーリーをお楽しみください。


A課長とB子は、先日リリース完了したプロジェクトの片づけをしていた。
部屋には2人だけ。他のメンバーは在宅勤務だったり、有給休暇だったり。

「ごめんなー、手伝わせちゃって」A課長が言う。
「いえ、こういうのは若手に任せてください!」B子は明るく言いながら、壁に貼られた工程表をはがしていく。あぁ、終わってしまったんだと、小さくため息をつきながら。

B子はA課長に憧れていた。A課長はプロジェクトに夢を持ち、困難な場面でも揺るぎない意思でメンバーを引っ張っていく。かっこよかった。
奥さんも子どももいることは知っている。でもそれすら魅力に思えた。家庭を大切にする優しい心の人。

B子はこのプロジェクトが終わって欲しくなかった。
同じ目標に向かって進む、熱のこもった時間を共有することは、もう無い。
急にB子の視界は涙でぼやけた、と、同時に右足が踏み台からずるっと外れたのが分かった。

「あぶない!」気づくとB子はA課長の腕の中にいた。
「大丈夫か?ケガはない?」A課長の声が耳に近い。
「・・・はい」とかろうじて答え、まばたきでB子の目から涙がこぼれた。
寂しさと、驚きと、そして彼の腕の温かみに心が焦がれて。

「大丈夫?」ささやくようにさっきとは声色が違う。
2人の視線がぶつかる。
もう気持ちは、止めようがなかった。

・・・そんな様子を柱の陰からC美が見ていた。
C美もまたA課長に憧れをもっていた。だからプロジェクトに参加したいとまっさきに手を挙げた。でも、選ばれたのはC美ではなく、B子だった。
なんで。私の方が仕事ができるのに。私の方が気が利くのに。
B子の方が若いから?かわいいから?
怒りで目の前が真っ赤に燃えるようだ。
どうしたらこの怒りの炎は鎮まるだろうか。
自分がこんなに苦しい思いをしてるんだから、あの2人も罰を受けるべきだ。
私から奪った罰、私を選ばなかった罰。

C美は親指の爪を噛み、少し考えたのち、そっとドアを開けて部屋を出た。
そして走った。

会社の保安センターではD介が監視カメラの映像をぼんやりと見ていた。
モニターは20以上あるだろうか。在宅勤務が推奨されるようになってからは映る人影も少ない。残業時間であるこの時間はなおさらだ。
今日も異常無し、平和です、っと。
ジャンプと発泡酒を買って帰ろうとあくびをしかけたその時、保安センターのドアが勢いよく開いた。
「スミマセン!人が襲われているみたいなんです!第3棟の2階です!」
女性が走りこんできた。
慌ててモニターを確認する。さっきは見落としてしまったが、画面の隅で男が女性を襲っている様子が映っていた。
「ただちに現場急行します!あなたはここで待っていてください!」
D介は男の動きを封じるための刺股を手にして駆け出した。
こんなの訓練でしかやったことがない。D介は緊張と少しの興奮を覚えていた。

D介は第3棟2階のドアの前に立った。
ノブにかけた自分の手が震えているのが分かる。
大きく息を吸って自分を鼓舞する。俺は人を助けるんだ!
ドアを開けて叫ぶ。
「動くな!女性から離れろ!」

そこには着衣の乱れたA課長とB子が抱き合っていた。
そう、抱き合っていた。
襲っても、襲われてもいなかった。

ぽかんと見つめあう、2人と1人。

ただ、通報を受けたからには、保安センターは会社への報告が必要となった。


ふーー・・・妄想ストーリーは以上です。
期待したみなさまごめんなさい、どうしても"不適切な行為"については描写する技術がありませんでした。
ってかさ、たった3行から、どうしてC美とかD介とかでてくるの?
どこから不倫って読み解いた?

散々妄想したけれど、実際に社内で不倫ってあるのかね?って話になった。
すると友人が「実は見ちゃったことがあるんだよね」と言い出した。
まさか!不適切な行為ってやつ?と前のめる私に、彼女は真顔でこう言った。
「給湯室で手をつないでたの」
ねぇってば!高校生の恋愛なの?今回の懲戒の件とギャップが大きすぎる。
けど自分たちの身の回りで起きる事件なんてこんなもんなんだろう。平和だ。

「ところでさ」と友人は続ける。
「社員AとBって、男女?」

!!!
いろいろ妄想したけど、その観点抜けてたわ!
小説でいうところの叙述トリックってやつ。あぁ、騙されたかもしれない!
そうだ、男性と男性かも。女性と女性かも。

たった3行の懲戒通達。
3行でこんなにも盛り上がるっていうのは、通達を書いた人の文才ではないだろうか。
140字のツイートにすら四苦八苦する私は、
ただただ懲戒通達に脱帽し、ひれ伏したのでした。

無限ループ

小学2年生のときにおこづかいで買ったものって、覚えています?
忘れもしない小2の夏、私はおこづかいで 国語辞典 を買いました。

子どもの頃のわたしは、ちょっと変わった所があったと思う。
お風呂に入るときにはシャンプーを裏返して、
トイレで押し入れからティッシュのパッケージを引っ張りだし、
お菓子を食べるときは箱の表から側面からまんべんなく。
常に文字を探していた。

"うるおいと輝きあふれる、触れたくなるような髪に"
みたいな文字の羅列を毎日毎日眺めていた。
楽しいというより、文字を見ていないと不安になった。

当時はもちろん知らなかったけど、今知ってる言葉でいうと
活字中毒」じゃないだろうか。
文章や本ではなく、活字の中毒。

そんな私が辞書という存在を知ったのは、
お盆におこづかいをもらって出かけた地元のちいさな本屋。

衝撃だった。
こんなに分厚くて、文字眺め放題の本があるなんて!お得すぎる!
即決でした。

腕がしびれるほどずっしりと重たい辞書。
この重さの分だけ、文字が詰まっていると思うと、
本屋の帰りは幸せな気持ちでいっぱいになった。

家に着いてすぐに辞書を開いた。"あ"から順に目に入れていく。
めくってもめくっても、文字、文字、文字・・
当分は文字に困らない。

テレビでは小公女セーラというアニメが流れていた。
セーラと対立する少女が意地悪そうに言う
「フン、そねんでるのね」
そねむ?
なんだろう?
膝の上の国語辞書で”そねむ”と調べた。
初めて辞書をひいたのでたどり着くのにとても時間がかかった。

そね-む【嫉む】
自分よりすぐれている人をうらやみ、嫉妬する。ねたむ。


なんとなく分かるような、分からないような。 
小2のわたしは、半分も理解できなかった。

じゃあ、この最後に書いてある"ねたむ"とは?

ねた-む【妬む】
他人の幸せや長所を強くうらやむ。そねむ。


また”そねむ”に戻ってるんじゃん!
”ねたむ” と ”そねむ” が行ったり来たりしている!
辞書さん、もうちょっとがんばってよー
辞書に対しての信用がちょっと落ちた。
先ほどまでの幸せがしぼんだ気がした。


そして何十年も経って今年の夏。
三浦しをんの『舟を編む』を読んだ。
変人レベルに真面目な主人公 馬締(まじめ) が、
辞書編集部に配属になり、新しい辞書を完成させる話。

言葉について考え始めると、周りが見えなくなる馬締。
日常生活も恋愛も不器用すぎて、滑稽で笑っちゃうんだけど、
彼の言葉や辞書に対しての真摯な姿に、はっとさせられる。

辞書についてこんなフレーズがある
(正確には馬締の元上司の言葉ですが)

かゆいところに手が届ききらぬ箇所があるのも、がんばっている感じがして、とてもいい。

辞書への変態的な愛着。
小2のわたしにはこんな風にはとても思えなかったけれども。
もっとがんばってよ、って思っちゃったけども。

大人になるにつれ私は、文字から文章へ、そして物語へと愛着を広げて
そして『舟を編む』という辞書の世界の本にたどり着いた。
こんな素敵な物語を生み出す作家という人たちに、その才能に
ちょっとそねんだり もしつつ。

今年の夏はおこづかいで三浦先生の新刊でも買おうかな!

ペールブルー

甘すぎず、辛すぎず
シュワッと溶けて、鼻に抜ける涼しげな匂いがして。

そんな色を探してた。

夏はペディキュアが楽しい。
手のネイルにはできないような色も、足だったら平気。
男気あるスポーツサンダルにも、可憐なミュールにも
ネイルカラーが色気を足してくれる。

今年の夏最初のペディキュアに選んだ色は、ペールブルー。
シャーベットみたいな、白みがかかった水色。

ネイルを塗る作業は嫌いじゃない。
何も考えない
先を急がない
頭の中がしんと静かになる。

ペールブルーの瓶を開けた。
刷毛の片側を瓶の口でしごいて、扇型に整える。
呼吸をとめ、刷毛を持った手を固定して、爪の上に色を置いていく。
1回目はこそっと、2回目はぷっくりと。色を重ねていく。

ふうと息を吐いて、顔を遠ざけ、自分の足を見た。
トンボ玉みたいにつやつやで丸くなった。
グレーっぽいちょっとくすんだ水色。
かわいいローズピンクじゃない、元気なターコイズブルーじゃない。
薄くもやが広がる夏の空のような。
きっと私のお年頃のような色。

「素敵な靴は、あなたを素敵な場所へ連れていってくれる」
とは、フランスのことわざだそう。
私のペールブルーよ。この夏、私を素敵な場所へ連れていって頂戴。
うっすら白くかすむ夏の空のした、
波打ち際を裸足で歩きたい。
岩に座って川に足をひたすのもいい。
ペールブルー、頼んだよ。


その日の夜のお風呂
ブルーグレーのタイル風の床に足を置いた。
ほら、こんなときも自分の足先が誇らしい、・・?

ん???
目がかすんだかと思った。

浴室の床

私の足の爪

色が完全一致しました。

色相、彩度、明度
どこの狂いもない。完全に爪が床に擬態してる。


確かに言いましたよ、私を連れていって、と。
でもよく聞いて?ペールブルー?
風呂場はね、アンタに連れてきてもらわなくても、毎日来てるの。
私、"素敵な場所"って言ったよね?
このご時世、ハワイなんて望まない。
でもだからって風呂場はどうかと思うのよ。
ペールブルーの仕事が早すぎる。そして雑。

シャワーの栓をひねってお湯が出るのを待つ。
足元に冷たい水がかかって、ペールブルーがはじいている。

そう。まだ、夏はこれから。
エンドロールの途中で悲しくなったりしないように
今から素敵な場所へ歩いていこう。