どんぐり商店

くだらないはなし

無限ループ

小学2年生のときにおこづかいで買ったものって、覚えています?
忘れもしない小2の夏、私はおこづかいで 国語辞典 を買いました。

子どもの頃のわたしは、ちょっと変わった所があったと思う。
お風呂に入るときにはシャンプーを裏返して、
トイレで押し入れからティッシュのパッケージを引っ張りだし、
お菓子を食べるときは箱の表から側面からまんべんなく。
常に文字を探していた。

"うるおいと輝きあふれる、触れたくなるような髪に"
みたいな文字の羅列を毎日毎日眺めていた。
楽しいというより、文字を見ていないと不安になった。

当時はもちろん知らなかったけど、今知ってる言葉でいうと
活字中毒」じゃないだろうか。
文章や本ではなく、活字の中毒。

そんな私が辞書という存在を知ったのは、
お盆におこづかいをもらって出かけた地元のちいさな本屋。

衝撃だった。
こんなに分厚くて、文字眺め放題の本があるなんて!お得すぎる!
即決でした。

腕がしびれるほどずっしりと重たい辞書。
この重さの分だけ、文字が詰まっていると思うと、
本屋の帰りは幸せな気持ちでいっぱいになった。

家に着いてすぐに辞書を開いた。"あ"から順に目に入れていく。
めくってもめくっても、文字、文字、文字・・
当分は文字に困らない。

テレビでは小公女セーラというアニメが流れていた。
セーラと対立する少女が意地悪そうに言う
「フン、そねんでるのね」
そねむ?
なんだろう?
膝の上の国語辞書で”そねむ”と調べた。
初めて辞書をひいたのでたどり着くのにとても時間がかかった。

そね-む【嫉む】
自分よりすぐれている人をうらやみ、嫉妬する。ねたむ。


なんとなく分かるような、分からないような。 
小2のわたしは、半分も理解できなかった。

じゃあ、この最後に書いてある"ねたむ"とは?

ねた-む【妬む】
他人の幸せや長所を強くうらやむ。そねむ。


また”そねむ”に戻ってるんじゃん!
”ねたむ” と ”そねむ” が行ったり来たりしている!
辞書さん、もうちょっとがんばってよー
辞書に対しての信用がちょっと落ちた。
先ほどまでの幸せがしぼんだ気がした。


そして何十年も経って今年の夏。
三浦しをんの『舟を編む』を読んだ。
変人レベルに真面目な主人公 馬締(まじめ) が、
辞書編集部に配属になり、新しい辞書を完成させる話。

言葉について考え始めると、周りが見えなくなる馬締。
日常生活も恋愛も不器用すぎて、滑稽で笑っちゃうんだけど、
彼の言葉や辞書に対しての真摯な姿に、はっとさせられる。

辞書についてこんなフレーズがある
(正確には馬締の元上司の言葉ですが)

かゆいところに手が届ききらぬ箇所があるのも、がんばっている感じがして、とてもいい。

辞書への変態的な愛着。
小2のわたしにはこんな風にはとても思えなかったけれども。
もっとがんばってよ、って思っちゃったけども。

大人になるにつれ私は、文字から文章へ、そして物語へと愛着を広げて
そして『舟を編む』という辞書の世界の本にたどり着いた。
こんな素敵な物語を生み出す作家という人たちに、その才能に
ちょっとそねんだり もしつつ。

今年の夏はおこづかいで三浦先生の新刊でも買おうかな!