どんぐり商店

くだらないはなし

落とされ物

落し物。
落としたあと無くなったことに気づいてすらいないものも、きっとある。それって私にとって必要なものだったのだろうか? 無くなっても支障のないもの。

人はそうやって持ち過ぎた何かを、振り落としながら生きるのかもしれない。

駅ですれ違った年配の女性が、バッグからハンカチを取り出して汗を拭いた。その動きで、ハンカチに引っかかっていたと思われる何かが、空中を落ちていくのが見えた。

「あ・・」

女性は何かを落したことに気づかず、歩いていこうとしている。拾って声をかけなくては。

ペチッ
と小さな音を立てて地面に落ちたのは


しょうゆ。


お寿司のパックについてるような、小さな袋に入ったしょうゆがグレーのタイル張りの床の上で、場違いな色彩を放っていた。

私の口から反射的に出てしまった「あ・・」で、前を歩いていたサラリーマンが振り返る。サラリーマンの目線の先は、しょうゆ。そして怪訝な目線が、私の目線とぶつかる。
サラリーマンは無表情のまま踵を返し、歩き去った。

あ、いや、えっと。
私のしょうゆではないです!!

言い訳する間もなかった。そして喉まで出かかっている、女性への「落としましたよ!」の言葉をどうしよう。

・・やめとこ。
声かけられたら、逆に迷惑に決まってる。恥ずかしいに決まってる。

私は無言のまま、歩き始めた。落とされ物をそのままにして。