どんぐり商店

くだらないはなし

濃厚接触の濃厚接触

「あれ? 青山先生、どうしたの?」
仕事を終えて駐車場を歩いていたまる子は、暗がりの中に同僚の家庭科教師の姿を見つけた。確か彼女は電車通勤だったはず。
「こんな寒いところいたら風邪ひくよ。途中まで送っていこっか。」
声をかけたが、青山は左右をキョロキョロして落ち着かない様子でいた。
「あ、えっと、いいえ、大丈夫です。」
そりゃそうか。彼女とは10ちかく歳が離れている。遠慮もするはずだ。
「帰る方向一緒でしょ。乗って乗って。」
「あのー、そうじゃなくて・・・」
どうも煮え切らない。どうしたんだろう、でもこんな真っ暗なところに女性をひとり置き去りにもできないし・・・と思っていると、
「大丈夫なんでっ。お疲れさまでしたッ」
ペコっと頭を下げ、青山は駐車場の奥へと走っていってしまった。

変なの・・・まる子は自分の車のドアを開けた。と、離れたところに室内灯がついた車があるのが見えた。真っ暗ななかでそこだけポッと明るいからつい目がいってしまう。運転席には男性数学教師の鶴崎が、助手席にはさっき挙動不審だった青山が乗り込むのが見えた。

そういうことっ!?
やだ。私ってば完全なるお邪魔虫じゃないの!
まる子はニヤニヤしながら車を出した。2人の乗った車から見えないように少し遠回りして。

翌朝の職員室。2人はまだ来ていないようだ。時間ギリギリに青山が走り込んできた。
「職員会議を始めます」
教頭が前で話し始める。鶴崎の姿はまだない。
鶴崎先生はコロナ濃厚接触の"可能性がある"とのことで、今日は急遽休みになりました」
職員室がざわつく。

どうしよう。まる子は養護教諭、いわゆる保健の先生である。コロナ感染予防には誰よりも口酸っぱく注意をしてきた。
昨日見た光景がよみがえる。密室(車の中)であんなに近い距離(運転席と助手席)に一緒にいた鶴崎と青山。鶴崎から青山へ感染した可能性、あるんじゃないだろうか。

会議は次の話題に移っていたが、全然耳に入ってこなかった。こっそり青山の方を見やると、目をまん丸にしたまま固まっていた。

職員会議を終え、まる子は保健室に戻った。怪我や体調不良の生徒がいない時、ここは一人きり、ある意味個室のようなものだ。
「困ったー!」
腕を組んでぐるぐると歩き回る。万が一鶴崎が陽性だった場合、青山は今日は濃厚接触者として出勤していることになる。養護教諭としてリスクが分かってて放置してよいものか・・・。と、同時にまる子の頭には「人の恋路を邪魔する奴は、馬に蹴られて死んじまえ」という言葉が流れてくる。馬には蹴られたくないな・・・。

悩んだ挙げ句、まる子は青山を保健室に呼び出した。とりあず検査を受けるように言ってみよう。青山との電話を切った直後に電話が鳴った。教頭だった。
鶴崎先生の件ですけどね、週末に会った知人の陰性が確定したそうです。念のため検査した鶴崎先生も陰性でした。明日から仕事に来られますので。」
よかったぁ・・・。そもそも濃厚接触者じゃなかったってことね。青山は無罪放免だ。もう呼び出しちゃったけど。

ノックの音がして「失礼します」とドアが開く。不安げな顔で青山が保健室に入ってきた。
鶴崎先生、濃厚接触者じゃなかったんですって。」
青山はあからさまにほっとした顔になった。畳みかけて聞いてみる。
「で、青山先生は鶴崎先生と付き合ってるの?」
青山が息を吸い、目を見開いて止まってしまった。まずい、地雷だった? 昨日は別れ話だったとか・・・
「聞いてくださいよー! 鶴崎先生ってば、つれないんですぅ。LINEも教えてくれないんですよー。女性から食事に誘ってるのに酷いと思いません??」
青山は一気にしゃべり、口をとがらせている。
なんだ、付き合ってないの? しかもうまくいってない?

コロナも恋路も空振りだ。不要な心配をして焦ったりして、一人相撲じゃないか。
でも今回はコロナじゃなくて良かった。みんなが健康であることが一番だ。

「まる子センセー、どうしたらいいと思いますぅ?」
青山はまだしゃべり続けている。
保健室常連メンバーが増えちゃったなと、まる子は苦笑いした。